スポンサードリンク

2011年04月07日

コートジボワールの日本大使公邸、襲撃される


大統領選の結果をめぐり2陣営の戦闘が続くコートジボワールで6日朝、最大都市アビジャン(Abidjan)郊外のココディ(Cocody)にある日本大使公邸が襲撃され、岡村善文(Okamura Yoshifumi)駐コートジボワール大使ら十数人が一時、防弾扉の付いた部屋に避難した。大使らは同日夜、フランス軍のヘリコプターに無事救出された。

コートジボワールでは前年11月の大統領選後、国際社会が当選を承認したアルサン・ワタラ(Alassane Ouattara)元首相の支持勢力と、大統領職を辞さないローラン・バグボ(Laurent Gbagbo)氏派が武力衝突し、内戦化している。

日本大使公邸のあるココディにはバグボ氏の公邸があり、前日、ワタラ氏派が総攻撃を仕掛けたが激しい反撃に遭い退却。7日に入り日本大使公邸が襲撃された頃には、代わってフランス軍とバグボ派の激しい戦闘が発生していた。仏大使館も近くにあり銃撃された。

仏大使館によると、日本政府と国連(UN)の要請を受け、仏軍特殊部隊が岡村大使らをヘリコプターで救出、現在はアビジャン南方ポールブエ(Port-Bouet)にある仏軍の拠点に退避した。同大使館の情報では、日本大使公邸の屋根の上にはバグボ派の部隊が武器を取り付けてあった。

岡村大使はAFPに対し「彼らは間違いなく雇い兵だ」と語った。7日朝、携行式ロケット弾を発射しながら公邸に侵入し、午前9時ごろから約5時間、機関銃や砲弾、ロケット弾などをどこかに向けて撃っていたという。その後、公邸内にあった金目のものを略奪し、午後2時ごろに出て行った後もしばらく公邸前に留まっていた。

邸内には大量の血痕が残り、銃弾も散乱していた。警備員3人と庭師1人が行方不明になっているという。


まさに暴挙。

戦争や内戦において他国の政府関係施設を攻撃するのはご法度。

大統領に選ばれたアルサン・ワタラ氏と、

大統領選の結果を認めず大統領の座に居座り続けるローラン・バグボ氏との間で

武力闘争が繰り広げられているコートジボワール。

もはや国家としての機能を果たしていない。


posted by world at 14:21| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月09日

未公開の9.11米同時テロ空撮写真公開


2001年の9.11米同時多発テロでニューヨークの世界貿易センタービル(World Trade Center、WTC)が倒壊する様子をニューヨーク市警のヘリコプターから撮影した空撮写真が10日、米ABCテレビで初公開された。ツインタワー崩壊の様子をとらえた写真でこれまで公開されていたのは、地上から撮影したもののみだった。

公開された写真は、同テレビ局がこのほど情報公開法に基づき、同時テロの被害状況を調査している米国立標準・技術研究所(National Institute of Standards and Technology、NIST)から入手したもの。ビルが燃える様子や、火山のように煙を吹き出しながら崩壊する様子が生々しく写し出されている。9.11記念博物館関係者は「同時テロを撮影した中でも最も珍しいと言えるこの写真は、当時、この一帯がどのような情景だったか理解する手がかりになる」と話している(2001年9月11日撮影、2010年2月10日公開)。


なぜ、今になって流出したのか・・・という疑問がわく。

衝撃的な9.11米同時テロ空撮写真公開。

不謹慎な言い方だが、まるで映画を観ているような錯覚に陥る。

ウィキペディアによる流出が今後、どのように展開するのか・・・。
posted by world at 10:44| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月28日

リビア、反体制派が西部都市を掌握


最高指導者ムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)大佐率いる現体制と反体制勢力の闘争が続くリビアで当局者は27日、反体制派が東部に加え同国西部でも複数の都市を掌握したと発表した。

反体制勢力をまとめるアブドル・ハフィズ・ゴカ(Abdel Hafiz Ghoqa)氏はベンガジ(Benghazi)で27日、記者団に対し、「解放されたリビアの全ての都市において、国家評議会の発足を発表した」と宣言。評議会は、正式な政府が樹立されるまで暫定的にリビア国家を代表する機関となるもので、現在、評議会のメンバーや権限などを協議しているという。

反体制派のリーダーらはさらに、国軍に対し、首都トリポリ(Tripoli)制圧への協力を呼びかけた。

その一方で、カダフィ政権の司法書記(法相)を21日に辞任したムスタファ・アブドルジャリル(Mustafa Abdel Jalil)氏は26日、移行政権を樹立し、3か月以内に総選挙を実施する意向を示している。


世界的な広がりを見せるジャスミン革命だが、
軍の協力を得て民主政治を確率する点に問題が・・・。
まだまだ紆余曲折がありそうなリビア情勢。
posted by world at 11:38| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月26日

イラクでも「怒りの日」


イラク各地で25日、この日を「怒りの日」としてインターネットで呼びかけられていたデモが行われ、一部で死傷者が出た。

首都バグダッド(Baghdad)にある、エジプトの反政府デモの中心地となった広場と同じ名前のタハリール広場(Tahrir Square)には約5000人が集まり、石や靴、ペットボトルを警官隊に投げるなどした。

北部のニナワ(Nineveh)州では州都モスル(Mosul)やハウィジャ(Hawija)でデモ隊と警官隊が衝突し、7人が死亡、数十人が負傷した。この他にイラクの北部と西部で合わせて8人が負傷した。南東部バスラ(Basra)州の州都バスラでは3000人が集まり、州知事が辞任した。デモは南東部のナシリア(Nasiriyah)、中部のカルバラ(Karbala)と東部のクート(Kut)でも行われた。

イラク政府高官が匿名を条件にAFPに明らかにしたところによると、バスラ州知事は最近相次いだデモの責任を問われてヌーリ・マリキ(Nuri al-Maliki)首相に解任されたというのが真相だという。マリキ首相はニナワ州知事にも辞任を求めているという。

■経済的な要求が目立つ

バグダッドのデモに参加した学生(24)は、「選挙で選ばれた今の政府を倒したいわけではありません。政府には雇用を作って欲しいんです!それから道路を直して欲しい!電気と水道も直して欲しい!」と話してくれた。

デモには劣悪な公共サービスの改善から政治改革の推進まで、さまざまな要求を掲げる多数のグループが参加した。イラクの電力や水道事情は劣悪で、汚職もまん延している。2003年の米軍などの侵攻から8年近く経った今でも失業率は高い。

中東や北アフリカで相次いでいるデモと同様、25日のデモもフェイスブック(Facebook)の「Iraqi Revolution of Rage(怒りのイラク革命)」「チェンジ、自由、真の民主主義(Change, Liberty and a Real Democracy)」と題されたページなどを通じて呼びかけられた。

イラク政府はデモを阻止するため、議員の報酬削減や、困窮世帯への食料援助予算の増額、輸入品の値上がりにつながる輸入関税増税の延期などの施策を導入している。マリキ首相は、25日のデモを組織したとして国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)や、サダム・フセイン(Saddam Hussein)元大統領の支持者らを非難した。


国民は国家の奴隷ではない。
宗教の下僕でもない。
真の民主化へ、インターネットの発達が民衆運動加速させる。
posted by world at 09:06| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月15日

エジプト軍最高評議会、民政移行を目指す


エジプトのホスニ・ムバラク(Hosni Mubarak)体制が崩壊したことを受け、大統領の権限を委譲された軍最高評議会(Supreme Council of the Armed Forces)は12日、「自由で民主的な国家建設のため、選挙によって選ばれた民政」への平和的な移行をめざし、それまでの間は現在の内閣が存続すると発表した。また、イスラエルとの平和条約を維持する方針を示した。ただし、具体的な日程は示さなかった。

これについて米政府は声明を出し、バラク・オバマ(Barack Obama)大統領が、エジプト国民が成し遂げた歴史的変革を歓迎し、これに敬意を表するとともに、民政移行とエジプトの国際的な義務を遵守するとの軍最高評議会の発表を歓迎すると述べたことを明らかにした。

エジプト半国営の中東通信(MENA)によると、エジプト政府は13日にムバラク前大統領辞任後最初の閣議を開く。カイロ(Cairo)中心の道路や広場には依然として、30年にわたるムバラク体制を倒した若者たちが残っている。デモの中心地となったタハリール広場(Tahrir Square)では数百人のボランティアが出て、後片付けを始めた。

しかし、ムバラク氏が去った後の政治空白を埋めた軍が、本当に国民の願いを尊重するという約束を守るのか、多くの人が今後の展開を見守っている。


軍が実権を握って、果たして無事に民主化へ移行できるのか?
エジプト情勢から、まだまだ目が離せない。
posted by world at 09:21| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

エジプト、大統領支持のデモ隊がラクダで乱入


ホスニ・ムバラク(Hosni Mubarak)大統領の退陣を求めるデモが続いているエジプト・カイロ(Cairo)のタハリール広場(Tahrir Square)で2日、反政府デモ隊と大統領を支持するデモ隊が衝突し、少なくとも26人が負傷した。

互いに投石したり、棒や拳で殴り合った。現場にいたAFP特派員によると最初の衝突で少なくとも10人が負傷した。

混乱のなか、ムバラク大統領を支持する一団はラクダや馬に乗って乱入した。少なくとも6人が動物から引きずり下ろされデモ隊に殴られ、顔から出血してその場から連れ出された。

平和的に解決したいっていたのに、親ムバラク派がラクダに乗って、いきなりデモ隊に乱入。
でも、なんでラクダなの?
噂によると、この親ムバラク派、金で雇われたらしい。
posted by world at 08:49| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月02日

エジプト、「百万人の行進」始まる


ホスニ・ムバラク(Hosni Mubarak)大統領の退陣を求める反政府デモが8日目を迎えた1日、これまでで最大規模の抗議行動に向けて人びとが集まっている。

現地時間1日午後2時(日本時間同日午後8時)過ぎには首都カイロ(Cairo)の抗議デモの中心地、タハリール(Tahrir)広場は大群衆で埋め尽くされた。

■早朝から大勢の人が

タハリール広場は1日早朝の時点ですでに数千人規模のデモ参加者であふれかえっていた。デモ参加者たちは1日、「百万人の行進」を首都とアレクサンドリア(Alexandria)で行い、ムバラク政権の退陣を求める。

デモ参加者の多くは、タハリール広場で前日の夜を過ごした。戦車や軍部隊が広場を包囲するなか、広場に設営された数十のテントや草むらで多くの人びとが仮眠をとった。

デモ参加者に発砲しないとの姿勢を表明した軍は、広場に入ろうとする人びとの身分証確認と身体検査を行っている。また、広場入口では、デモ隊側も独自の身分証確認をして、私服警官が広場に入り込むのを阻止しようとしていた。

■沸き立つ広場

ジャケットにネクタイ、ジーンズという姿で広場にいた弁護士のオサマ・アラム(Osama Alam)さん(43)は「わたしは死ぬまでここにいる。もしここでわたしが死んだとしても、家族全員がわたしのことを誇りに思うだろう。エジプト国民が求めているのはこれ(抗議行動)なんだ」と語った。

「ムバラク大統領の棺(ひつぎ)」の作り物を抱えたデモ参加者がわきを通り抜ける中、別の年配の男性は、「この革命はどの政党にも、イスラムグループにも、あらゆる勢力にも属さない。エジプトの貧しき人びとの革命だ。ムバラクとその仲間は金を盗み職を盗んだ。貧しき人びとには職も家もない。そして警官に殴られる。犬のように扱われる。ムバラクは独裁者だ」と語った。

広場の交差点には、信号機からムバラク大統領の人形が吊され、顔の部分には「首を落とせ」と書き込まれていた。

■各地で当局が交通封鎖か

一方、地中海沿岸のアレクサンドリア(Alexandria)では、「百万人の行進」が予定されるなか、抗議デモを阻止しようと国営鉄道が止まり、主要道路が封鎖された。

カイロからアレクサンドリアへ向かう主要道路を通行していたAFP特派員によると、軍がカイロに入る車両を止めており、100台以上のトラックや車が道路脇に停車していたという。また、運転手の1人が軍兵士に苦情を言ったところ、兵士は威嚇射撃を行い、市民らに下がるように命じたという。

■ムバラク氏が米元大使と会談か

エジプトの最大野党・ムスリム同胞団(Muslim Brotherhood)は、ムバラク体制が崩壊するまでデモの継続を呼びかけている。また、エジプトの重要な同盟国である米国も、ムバラク大統領に対し、危機回避のためにさらなる行動をとるよう求めた。

米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)は1日、フランク・ワイズナー(Frank Wisner)元駐エジプト米大使が、ムバラク大統領と会談する予定だと報じた。

■反政府デモの死者は300人 国連推計

一方、国連人権高等弁務官事務所(United Nations High Commissioner for Human Rights)は同日、エジプトの反政府デモでこれまでに300人が死亡したとの推定を発表した。


エジプトが独裁国家だったとは・・・。
”待てばカイロの日和なし”とばかりに大規模デモ。
それでもムバラク大統領は辞任する気なし。
9月の選挙には出馬しないと言っているが・・・。
posted by world at 08:52| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月31日

エジプト刑務所で暴動・脱獄相次ぐ


反政府デモが続いているエジプトで30日、首都カイロ(Cairo)の北西にあるワディ・ナトゥルン(Wadi Natrun)刑務所の刑務官が持ち場を放棄し、この刑務所で身柄を拘束されていた穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団(Muslim Brothers)の34人が妨害を受けることなく刑務所を出た。ムスリム同胞団側の弁護士の1人が同日明らかにした。

ムスリム同胞団の幹部を含む34人は27日、自宅やホスニ・ムバラク(Hosni Mubarak)大統領の辞任を求めるデモへの参加中に拘束されていた。

■脱獄相次ぐ

この刑務所には多数の政治犯も収監されていた。治安関係者がAFPに語ったところによると、29日夜から30日朝にかけて数千人の受刑者がこの刑務所の刑務官たちを圧倒し、近くの町や村に散っていたという。弁護士は、ムスリム同胞団のメンバーが刑務所にとどまっていれば生命が危険にさらされていただろうと語った。

刑務所を出たムスリム同胞団の1人はカタールの衛星テレビ局アルジャジーラ(Al-Jazeera)に対し、地元の住民たちがドアを開けてくれたので外に出たのであって、自分たちから脱獄したのではないと話し、「われわれは元気だ」と述べた。

このほかイスラム武装組織のメンバーが多数収監されて拷問を受けたとされるトーラ(Tora)刑務所からは銃声が聞こえ、銃剣を付けた銃を持った兵士らが刑務所に次々と入って行った。軍は刑務所周辺の道路を封鎖し、兵員輸送車に装備された機関銃を空に向けて発砲して一般市民を近づけないようにしている。

■ハマスのメンバーも刑務所を出る

またカイロの北東にあるアブザーバル(Abu Zaabal)刑務所では暴動が発生し、治安関係筋によると少なくとも8人の受刑者が死亡し、刑務所周辺で数十人の遺体が見つかった。この刑務所では29日夜から30日朝にかけて激しい銃声が聞こえ、混乱に乗じて多くの受刑者が脱獄したという。

アブザーバル刑務所に入っていたイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)のメンバー8人も脱獄し、少なくとも2人は30日、密輸用のトンネルを通ってパレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)に戻った。ハマスによると、残りの6人も30日中にガザ地区に到着する見込みだという。

カイロの南西にあるファイユム(Fayum)でも29日、治安部隊と収容者が衝突して警察官1人が死亡し、この騒ぎに乗じて数十人が脱走した。この他にも国内の他地域でも比較的小規模の刑務所で脱獄が起きている模様だが、詳細は明らかになっていない。

■略奪発生、自警団を組織する動きも

政府は軍に治安維持のため介入するよう命じたものの、暴徒化した反政府デモが警察の手に負えなくなった地域の治安は極めて悪化している。略奪も起きており、エジプトの一部の地域では市民の間で自警団を組織する動きも出始めている。

エジプトの首都カイロ、北部のアレクサンドリア(Alexandria)、北東部のスエズ(Suez)で夜間外出禁止令が出されている。軍は29日から通りのパトロールを始め、略奪者を取り締まっている。


もはやエジプトは国家公開の危機。
反政府デモはいつ終結するのか。
posted by world at 18:37| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月11日

バングラデシュで株価急落、一部投資家が暴徒化


バングラデシュのダッカ証券取引所(Dhaka Stock Exchange、DSE)で10日、取引開始からおよそ1時間後に株価が9.25%急落して取引が停止された。証券取引所前には損失を出した投資家たちが集まり警官隊と衝突した。

ダッカ市場の主要指数DGEN(Dhaka Stock Exchange general index)は2010年に80%上昇し、12月5日に8918.51の最高値を記録した。しかし、この3週間は下落を続け27.4%下げている。10日は1日の下げ幅としてはダッカ証券取引所55年の歴史の中で最大の下げ幅を記録したが、専門家の多くは市場に必要な調整だったと分析している。

証券取引所前に集まった投資家らは、政府と市場規制当局者に抗議するスローガンを叫んだ。ある投資家はAFPの取材に「1000万タカ(約1200万円)投資して500万タカ(約600万円)も失った。めちゃくちゃだ。貯蓄がすべて無くなった」と語った。

警察関係者によると投資家約5000人が証券取引所前に集まり、一部が家具を燃やすなど政府施設の破壊を始めたため警官隊が警棒で対応したという。最近の株価下落で抗議デモが相次いでおり、レンガで警官隊が襲撃されたこともあった。同様の騒ぎはダッカ以外の都市にも広がりつつある。

バングラデシュは世界でも貧困国のひとつだが、過去8年間は平均年6%の経済成長を遂げてきた。


バングラデシュは過去8年間で平均年6%の経済成長を遂げてきたそうだが、バブルだったんでしょうね。それが弾けたということ。投資家が暴徒化する気持ちもわからなくはないが、ちゃんと利益を確定しておくべきだったのでは・・・。


posted by world at 16:53| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

緊張高まるコートジボワール情勢


大統領選後も混乱が続くコートジボワールで、選挙の結果を無視して大統領職に居座り続けるローラン・バグボ(Laurent Gbagbo)氏側の政府幹部が29日、元首相のアルサン・ワタラ(Alassane Ouattara)氏が拠点としているホテルを攻撃するよう同国の若者に呼びかけた。

国連や国際社会が正式な大統領選の勝者と認めるワタラ氏は、バグボ氏が大統領府を明け渡さないため、コートジボワールの主要都市アビジャン(Abidjan)の海岸沿いにあるゴルフホテル(Golf Hotel)に「影の内閣」を置いている。国連(UN)の平和維持活動(PKO)部隊がこのホテルを警備している。

こうしたなかバグボ氏が青少年相に指名したシャルル・ブレ・グデ(Charles Ble Goude)氏は29日、「1月1日、わたしとコートジボワールの若者たちが、この手でゴルフホテルを解放する」と宣言し、バグボ氏の支持者らから喝采を浴びた。

ブレ・グデ氏は、「若き愛国者(Young Patriot)」と呼ばれる武装青年組織の主導者で、「ストリート・ジェネラル(街の総長)」の異名をもつ。ホテル攻撃の呼びかけは、国連PKO部隊の幹部が、バグボ氏が国営メディアを通じてPKO部隊に対する憎悪をあおっていると批判したことや、西アフリカ諸国の首脳らが平和的解決を求めたことなどに対抗した措置とみられる。

一方、国連の潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)事務総長は30日、ブレ・グデ氏の呼びかけはコートジボワールでの内戦再燃を招きかねないとして「深刻な懸念」を表明。万一、ホテルが攻撃を受けた場合、国連部隊は自衛措置に加え、ホテル敷地内にいるワタラ氏やワタラ氏側の政府職員、民間人らを守るためにあらゆる手段を辞さないと警告した。

また、国連のフランシス・デン(Francis Deng)ジェノサイドおよび大量殺りく担当特別代表は米ニューヨーク(New York)で、「アビジャン市内で、反バグボ氏派の住民の自宅に民族を識別するための印が付けられているとの報告があり、重大な懸念を持っている」と述べた。


大統領がふたりという異常事態のコートジボワール。
戦争一歩手前の緊張状態が続いている。
posted by world at 11:51| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。