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2013年01月17日

日本人含む41人を人質に、アルジェリア拘束事件で武装勢力が主張


アルジェリア南東部イナメナス(In Amenas)で16日に天然ガス関連施設が襲撃された事件で、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)と関連のあるイスラム武装勢力が、フランスがマリに軍事介入したことへの報復として日本人を含む外国人41人を人質に取ったと主張した。

イスラム武装勢力のスポークスマンは、アルジェリアと国境を接するモーリタニアの通信社と報道機関サハラ・メディア(Sahara Media)に対し、「米国人7人、フランス人、英国人、日本人を含む計41人の西側諸国の人間を人質に取った」と明かした。

アルジェリアの国営メディアによると、天然ガス田近くでエンジニアらを乗せたバスが早朝に襲撃され、英国人を含む外国人2人が死亡、6人が負傷したという。

このガス田はアルジェリアの首都アルジェ(Algiers)から南東に1300キロ離れたリビアとの国境近くに位置し、英石油大手BPとノルウェーの国営石油会社スタトイル(Statoil)、アルジェリア国営エネルギー企業ソナトラック(Sonatrach)が共同で操業している。


posted by world at 07:30| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月17日

ガザ地区の衝突拡大、イスラエル軍とハマスが100発以上応酬


イスラエル軍によるイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)幹部の殺害を受けて、パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)で衝突が激化している。パレスチナ警察の発表によると、イスラエルは15日もガザ地区に対し100発を超える空爆を実施。医療関係者によるとこれまでに13人が死亡し、115人が負傷したという。一方、ハマス側も報復としてロケット弾130発以上をイスラエル側に向けて発射し、イスラエル南部の町Kiryat Malachiでは家屋を直撃したロケット弾で3人が死亡した。

イスラエルは14日のガザ空爆で、ハマス軍事部門最高幹部のアハマド・ジャバリ(Ahmed Jaabari)司令官を殺害した。ハマスと近い関係にあるエジプトのムハンマド・モルシ(Mohamed Morsi)大統領はこの攻撃に怒りを示し、抗議の措置として同国の駐イスラエル大使を本国に召還した。

写真は、イスラエル南部スデロト(Sderot)から撮影した、イスラエル軍の空爆を受けるガザ地区の様子(2012年11月15日撮影)。

中東情勢は、さらにキナ臭くなってきましたね。
posted by world at 09:35| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月07日

ホムス攻撃は「まるで中世の大虐殺」、脱出の英記者による生々しい報告


「中世の戦場さながらの包囲攻めと大虐殺だ」――。シリア反体制派が拠点としていた中西部ホムス(Homs)で取材活動中、政府軍の砲撃で負傷し脱出した英紙サンデー・タイムズ(Sunday Times)の写真記者、ポール・コンロイ(Paul Conroy)氏(47)が2日、現地の状況をこのように語り、シリア政府を「殺人者だ」と非難した。

コンロイ氏は2月22日、ホムス市内でも特に激しい攻撃にさらされていたババアムル(Baba Amr)地区を取材中に政府軍の砲撃を受け負傷。28日にレバノン経由でシリアを脱出した。脚に2か所重傷を負ったほか、背中からは自分でも気付いていなかった7.6センチほどの爆弾の破片が摘出された。

■「逃げ場ない」「戦争ではなく虐殺」

ババアムル地区はこの数か月間、バッシャール・アサド(Bashar al-Assad)政権に対する蜂起の象徴となっていたが、4週間にわたって政府軍に包囲攻撃を受け、反体制派は1日、同地区からの「戦略的撤退」を発表した。

英国に帰国し入院中の病院から米テレビCNNの電話インタビューに応じたコンロイ氏は2日、「ババアムルには逃げ場所がない。屠殺(とさつ)場だ」と述べ、ホムスでは家を出て通りに立てばたちまち狙撃兵に撃ち殺されると語った。

「ババアムルには軍事的標的など実際ない。それどころか、全ての集中砲撃が標的にしているのは民間人だ」

「あれを戦争と呼ぶのは間違っている。中世の包囲攻めと大虐殺だ。戦争という言葉を使うことさえ躊躇する」

コンロイ氏は以前、英衛星放送テレビ・スカイニューズ(Sky News)のインタビューでも、シリア政府軍の攻撃は「男性、女性、子どもに対する無差別虐殺」だと表現している。

攻撃は毎朝6時30分に始まり、「戦地で使用する武器を使って順々に各地区を移動して」いった。現地では電気、水道が途絶え、食糧も乏しく、人道的状況は「惨事以上のものだ」った。

「ホムスにはまだ数千人が、砲撃を浴びながらがれきの中で生きている。1つのベッドを6人の子どもが分け合い、死を待つ人が部屋いっぱいにあふれている。救援もなく、ただ兵士が突入してくるか、砲弾がドアを破る瞬間を待っている」

■外国人記者2人は「狙って殺された」

コンロイ氏が負傷した砲撃では、サンデー・タイムズ同僚の米国人特派員メリー・コルビン(Marie Colvin)氏と、フリーランスの仏人報道写真家レミ・オシュリク(Remi Ochlik)氏が死亡した。シリア政府は2人の死について調査すると約束したが、コンロイ氏はそんな約束は「ばかげている」と一蹴。2人を殺害した者たちは国際司法裁判所で人道に対する罪を問われるべきだと強く非難した。

「メリーが殺された時、わたしは一緒にいたのだ。誰が彼女を殺したのか知っている」

「プロの砲兵隊員たちがメリー・コルビンを狙い、夾叉(きょうさ)砲撃し、殺したのだ。彼らはレミも殺した。これは殺人だ。調査など必要ない」

「殺人者が殺人者を調査してどうなるのだ」

コルビン氏とオシュリク氏の遺体は2日、ホムスからシリアの首都ダマスカス(Damascus)へ移送され、4日に空路で仏パリ(Paris)に到着した。
posted by world at 10:43| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

放尿動画、米国防長官が非難


アフガニスタン駐留の米海兵隊員らが旧支配勢力タリバン(Taliban)兵の遺体に放尿しているとみられる動画がネット上に公開された問題で、米国のレオン・パネッタ(Leon Panetta)国防長官は12日、海兵隊員の行為を厳しく非難した。

米兵によるイラク人捕虜虐待を彷彿とさせる今回の行為について、海兵隊の報道官は同日、この部隊をほぼ特定できたと述べた上で、「まだ調査中なので部隊の名前を公表することはできない」と加えた。

一方、米CNNテレビは、動画に映っていた部隊は米ノースカロライナ(North Carolina)州キャンプ・ルジューン(Camp Lejeune)所属の第2海兵遠征軍第3大隊と確信しているとの海兵隊関係者の話を伝えた。この部隊は2011年初めにアフガニスタンの主にヘルマンド(Helmand)州に配備され、同9月か10月に米国に帰還したという。

パネッタ長官は、「あのような行為を行った者は最大限の責任を問われることになる」と言明。国防総省の報道官は、事実関係を調査中だと述べた。


衝撃的な映像でした。
戦場では人は正常ではいられない?
posted by world at 18:00| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

カダフィ氏の最期の日々、元側近が明かす


リビアの最高指導者だったムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)氏は、不安と悲観の中で、国際刑事裁判所(International Criminal Court、ICC)で裁かれるよりもリビアで死にたいと話していたと、カダフィ氏の元側近の1人が語った。

■ICC逮捕状発行で「国内での死」決意

 ICCは6月、人道に対する罪の容疑でカダフィ氏と次男セイフイスラム(Seif al-Islam Kadhafi)氏、義理の弟で情報機関トップのアブドラ・サヌーシ(Abdullah al-Senussi)氏の逮捕状を発行した。

 リビアの内務治安当局局長だったマンスール・ダオ(Mansur Daou)氏によれば、ICCが逮捕状を発行したことで、カダフィ氏は国際裁判に全面抵抗する決意を固めたという。ダオ氏は現在、ミスラタ(Misrata)の拘束施設で拘束されている。ダオ氏はAFPのインタビューに応じた。

「カダフィ氏と息子は逮捕状発行後、リビアに残ることを決めた。カダフィ氏は『裁判になって(ICC主任検察官の)モレノオカンポ(Luis Moreno-Ocampo)に裁かれるくらいならリビアで死ぬことを選ぶ』と話していた」(マンスール・ダオ氏)

「セイフイスラム氏と弟のムタシム(Mutassim Kadhafi)氏は、カダフィ氏にリビアに残って欲しいと考えていた。特にセイフイスラム氏がね。だが、サヌーシ氏は、カダフィ氏に国を出るように勧めていた」

■ミスラタ陥落、西側の友人の離反

 8月19日、リビアの反カダフィ勢力の連合体「国民評議会(National Transitional Council、NTC)」の戦闘員らが首都トリポリ(Tripoli)郊外に到達した。カダフィ氏は支援者が多い故郷シルト(Sirte)へ逃れた。首都トリポリはその2日後に陥落した。

「カダフィ氏は、(4月25日に)ミスラタから自分の軍が撤退させられたときに、終わりを察した」と、ダオ氏は語る。「それからどんどん気弱になっていった」

 さらにカダフィ氏は、フランスのニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領やイタリアのシルビオ・ベルルスコーニ(Silvio Berlusconi)首相、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)首相、英国のトニー・ブレア(Tony Blair)元首相といった「友人たちに見捨てられたために、さらに追い詰められた」という。

「カダフィ氏は彼らのことを親しい友人だと考えていた。だから相当こたえたようだ」

■狭まる包囲網に高まる不安、潜伏中は読書

 地中海沿岸のシルトに逃れたカダフィ氏は、当初ホテル暮らしをしていた。だがNTC部隊がシルト郊外を包囲した9月中ごろからはホテルを出て、安全のために毎晩寝床を変えた。爆撃が市に降りかかる中、カダフィ氏の食料は底を尽き始めた。電力と水道が止まる中、戦闘が激化した。

「カダフィ氏は落ち込み、とても不安そうだった。彼のそのような姿は、とてもめずらしかった」

 後に死亡した息子のムタシム氏が戦闘を指揮した。今も逃亡を続けるセイフイスラム氏はシルトに足を踏み入れず、8月27日以降、もう一方のカダフィ派拠点だったバニワリド(Bani Walid)に潜伏した。

 バニワリドはシルト陥落の直前に陥落したが、「それ以降、セイフイスラム氏を見ていない」と、ダオ氏は語った。

 潜伏中、カダフィ氏はよく読書をしていたという。戦闘行為はしなかった、とダオ氏は振り返る。

「カダフィ氏は読書してメモをとり、眠っていた。一方、ムタシム氏は戦闘員たちを指揮していた。カダフィ氏は戦わなかった。年をとりすぎていたのだ」

■遅れた逃走計画

 10月19日、状況は絶望的だった。シルトの第2地区にある最後の広場が、NTCと北大西洋条約機構(NATO)の猛攻撃を受けたのだ。カダフィ氏と残った部下たちは、南のワディジャレフ(Wadi Jaref)に向かって逃げることを決めた。

「あれは、大変な間違いだった。ムタシム氏の発案だった。およそ160〜180人の部下と車両45台が残っており、部下の一部は負傷していた。午前3時ごろに出発する計画だったが、ムタシム氏の集めた志願兵たちがちゃんと組織化されていなかったせいで、3〜4時間出発が遅れた」

 車列へのNATOの空爆を受けて排水溝に隠れたカダフィ氏は、NTCの戦闘員に引きずり出され、後に死亡した。

 携帯電話で撮影された動画ではカダフィ氏が引きずりだされたときにまだ生きていたことから、カダフィ氏がいつ、どのようにして死んだのかをめぐって国際社会に動揺が広がった。NTC指導部は、NTC側とカダフィ派との「交戦」に巻き込まれてカダフィ氏が頭部に銃弾を受けて死亡したと発表している。
posted by world at 20:48| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月13日

カルザイ大統領の弟、暗殺される アフガニスタン


アフガニスタンのハミド・カルザイ(Hamid Karzai)大統領の弟で南部カンダハル(Kandahar)州議会議長のアフメド・ワリ・カルザイ(Ahmed Wali Karzai)氏(49)が12日、自宅で暗殺された。同国の旧支配勢力タリバン(Taliban)が犯行声明を出した。

同州の警察によると、アフメド・ワリ氏は、自宅に踏み込んできた護衛責任者により射殺された。

アフメド・ワリ氏は7年間、同州の州議会議長を務めてきた。謎に包まれた人物で、儲けの大きいアヘン取引や民間警備会社と裏でつながっているという疑惑が取りざたされる一方で、同州に秩序をもたらしたと評価する声もあった。同州の商業・政治上の取引を支配していたと見られており、米中央情報局(CIA)から給料が支払われていたと報じられたこともある。

カルザイ大統領は、同国を電撃訪問したフランスのニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領との共同会見で、「これがわが国の現実だ。アフガニスタン人は皆、同様の苦難を味わっている。このような苦しみを終わらせたい」と語った。

大統領は同日夜、弟の遺体と対面するためカンダハルへ飛んだ。葬儀は13日朝に行われる。


アフガニスタンの治安の悪さを再認識させる事件。
一応アルカイダ系が暗殺を指示したと発表しているが、この大統領の弟、裏で色々やっていて、必ずしも善人ではなかったらしい。従って、アルカイダとは全く無関係の動機で殺された可能もある。
いずれにしろ、アフガニスタンの情勢は混沌としている。
posted by world at 10:19| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

ビンラディン容疑者、最後のメッセージ 「米国への攻撃続ける」


米軍の急襲作戦で殺害された国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の最高指導者、ウサマ・ビンラディン(Osama bin Laden)容疑者が生前に収録した最後のビデオメッセージが8日、イスラム系ウェブサイト「Shamikh1.net」で公開された。映像の長さは1分ほどで、殺害される1週間ほど前に収録されたものとみられる。

ビンラディン容疑者は、ビデオメッセージのなかでバラク・オバマ(Barack Obama)米大統領に向けて、「われわれが、パレスチナで安全に暮らせるまで、アメリカが安全の夢を見ることはない。あなた方が平和に暮らしているのに、ガザ(Gaza)にいるわれわれの兄弟が不安定ななかで暮らすのは不公平だ」と語り、「イスラエルへの支援を続ける限り、神の意志によって、あなた方に対するわれわれの攻撃は続く」と警告した。

また、2009年末に起きたノースウエスト航空(Northwest Airlines)機の爆破未遂事件については、犯人のナイジェリア人、ウマル・ファルーク・アブドルムタラブ(Umar Farouk Abdulmutallab)被告を通じて米国に「メッセージ」を送る狙いだったと述べ、言葉によるメッセージが可能であれば、航空機の爆破計画は不要だったとも弁明している。

この時にアブドルムタラブ被告に託したメッセージについては、「9.11のわれわれの英雄が届けたものと同じメッセージを、改めて強調するものだった」と述べて、2001年9月11日の米同時多発テロが、米国を対象にしたものであることを、はっきりと示唆した。



ビンラディンの死によってアルカイダは弱体化の方向へ向かうのか?
それともビンラディンの後継者があらわれるのか・・・。
まだまだ世界情勢は流動的。
posted by world at 09:57| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

ビンラディン容疑者の遺体写真を公開しない理由


米国のジェイ・カーニー(Jay Carney)大統領報道官は3日、米政府が国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の指導者ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者の遺体写真を公開していない理由について、「グロテスクで、公開すると(過激派を)扇動する結果になりかねないため」と説明した。

記者会見したカーニー報道官は、「状況を検討し、最良の方法を模索している」と述べ、バラク・オバマ(Barack Obama)大統領も議論に密接にかかわっていることを明らかにした。

米国が何らかの形でビンラディン容疑者の殺害をでっち上げたとする「陰謀論」が持ち上がっているが、遺体の写真を公開すればこの疑惑を払拭(ふっしょく)できることはオバマ大統領も承知しているだろう。

一方で米政府高官の間では遺体写真の公開が逆効果になる恐れも認識されている。ある米政府高官はビンラディン容疑者は目の上に銃弾を受けて死亡したと話しているが、死者や身体を傷つけられた人を冒涜(ぼうとく)していると受け止められるような写真を公開すると、イスラム世界で駐留米軍や米国の施設などが狙われる恐れがある。


今後おこるであろうイスラム社会との軋轢を考えると、「状況を検討し、最良の方法を模索している」と述べたカーニー報道官の意見は正直なところであろう。
posted by world at 10:16| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月04日

ビンラディン容疑者殺害、パキスタンに広がる陰謀論


国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の指導者ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者が米特殊部隊に殺害されたという発表について、現場となったパキスタンの首都イスラマバード(Islamabad)郊外のアボタバード(Abbottabad)では、米国による陰謀ではないかという見方が野火のように広がっている。発表には奇妙な点があまりに多いというのだ。

松の木が点々と生える山あいにあるアボタバードには軍の駐屯地もあり、経済的にも比較的恵まれている。「世界の最重要指名手配者」がパキスタン国内のどこに潜伏しているか考えようとしたときに、一番最後にその名が挙げられるような場所だろう。

アボタバードはパキスタン北西部の他の地域と違って、住民は西洋風の衣服を着ているし、ビンラディン容疑者の出身国サウジアラビアと違って車を運転する女性もいる。AFPの取材に応じたアボタバードの住民たちも、この街でアラブ人を見たことはないと口をそろえる。

住民たちによると、真夜中に突然ヘリコプターのごう音が聞こえたので何か起きたと分かったという。さらに大きな爆発音がして、激しい銃撃戦の音が聞こえ、飛び起きた住民たちは震え上がった。

しかし、2500万ドル(約20億円)の懸賞金がかけられていた男がこの街で殺されたことを、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領が発表するのをテレビで見るまで、何が起きたのかは分からなかったという。

高等教育を受けた専門職の人びとの反応は、時間を追うにつれて驚きが懐疑に、懐疑が不信に変わっていった。今では、公式にはこの国の同盟国である米国への不信を背景に、パキスタンに深く根を張っている陰謀論が取りざたされている。

ビンラディン容疑者が殺害された邸宅からマメ畑1つを隔てたところに住んでいるバシール・クレシ(Bashir Qureshi)さん(61)は、米国の発表をまともに取り合っていない。

クレシさんは「あんな発表を信じている人なんていないよ。このあたりでアラブ人を見たことはない」と笑う。「彼ら(米国)は(ビンラディン容疑者の)遺体を海に流したなどと言っているが、そんなことはない。彼はそもそもここにいなかったのさ」

現場を警備する警察官でさえ同様の疑いを隠さない。「ビンラディン容疑者がここにいたとは思えませんね。ここに来るよう午前3時に言われて来たのですが、われわれは何も見ませんでした。作戦は終わった後だったんです」

製薬会社で働いているというシャキル・アフメド(Shakil Ahmed)さんは、米国は10年に及んだアフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)との戦いを終わらせて、アフガニスタンに駐留している13万人の外国軍を撤退させたいがために嘘をついたのだと主張する。

「米国はアフガニスタンでの戦争を終わらせたがっている。ウサマが死んだので(撤退の)口実ができた、と米国は言いたいのだろう。そういうストーリーを作って米国はパキスタン軍の名誉を傷つけてきた。ウサマを殺したというなら、米国はなぜ遺体を見せないんだ?」

■公開されない遺体、くすぶる陰謀論

ある米高官は米軍はアラビア海(Arabian Sea)の米空母の艦上でイスラム教式にビンラディン容疑者を弔い、遺体はおもりを付けた袋に入れて水葬にしたと語っている。だが、米国はその前に殺害の証拠を示していない。それが米国の発表への疑念の最も大きな理由だろう。

エジプト・カイロ(Cairo)のイスラム教スンニ派の最高権威機関は、イスラム教は海での水葬に反対していると述べている。パキスタンのラホール(Lahore)でも、2009年にラホールで起きた自爆攻撃で父親を失ったイスラム教の著名な聖職者が、水葬があまりに早かったことが疑念を呼んでいると指摘し、米国の対応に疑問を呈した。

防衛アナリストのイミティアズ・グル(Imtiaz Gul)氏は、反米感情が強い国で陰謀論が起きるのは想定内だと考えるが、誰も遺体を見ていない上、作戦も秘密裏に行われたため、米国が証拠を示さない限り今後も憶測は止まないだろう、との見方を示した。

「ビンラディン容疑者が問題の邸宅に住んでいたことを知っていた人はいなかったので、米国がどこか別の場所でビンラディン容疑者を捉えて、アパッチ(Apache)ヘリコプターで連れてきたのではないかなど、様々な疑いが生じる。またヘリコプターが墜落したというのに、負傷者がいなかったとされていることからも、そのヘリに乗っていたのはビンラディン容疑者だったのではないかとの疑いも出る」

パキスタンの国土、それも首都から車でわずか2時間という場所で米軍の特殊部隊が作戦を実施したことも、パキスタンに対する侮辱とまで言わないとしても、パキスタンの面目を大きく傷つけた。

パキスタン最大の都市で、アフガニスタン派遣部隊への物資輸送に北大西洋条約機構(NATO)が利用している港があるカラチ(Karachi)では、ビンラディン容疑者の殺害に一定の支持が集まった。しかしここでも、米軍の発表に対する疑いの声は聞かれている。

IT専門家のカイセル・カーン(Qaiser Khan)さん(55)は、「ウサマがパキスタン国内で殺されたのか、わたしはいまだに疑わしいと思っている」と語る。「米国は、アフガニスタンなど、どこか別の場所で彼を殺しておいて、パキスタンの名誉を傷つけるためにハリウッド映画のような芝居を打ったのさ」


その後、遺体は公開されたんじゃないですか。
その国の人々も噂好きです。
これで本当にテロを終息を迎えるのでしょうか?
そちらの方が気になります。
posted by world at 08:43| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

グアンタナモの情報暴露、ずさんな管理が明らかに ウィキリークス


内部告発サイト「ウィキリークス(WikiLeaks)」は25日までに、キューバ・グアンタナモ(Guantanamo)米海軍基地に収容されているテロ容疑者の拘束や釈放に関するずさんな管理を示した米軍の機密文書700通あまりを公開した。

米紙ワシントン・ポスト(Washington Post)、英デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)、仏紙ルモンド(Le Monde)などと共に文書を入手した米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)が25日報じたもので、米当局が容疑者の危険度判定において誤った証拠に翻弄(ほんろう)されるなどして混乱をきたしていた様子がうかがえる。

文書によると、信頼に値しない別の容疑者や拷問を受けた容疑者の証言といった不正確であいまいな情報に基づき、裁判を受けずに長期間拘束されていた無実の容疑者が数百人存在した。  

■釈放後、自爆攻撃仕掛けた容疑者も

一方で、2004年に釈放が決定され、アフガニスタンに送還された旧支配勢力タリバン(Taliban)の主要メンバー、Abdullah Mehsud容疑者が、米軍への攻撃や31人が死亡したパキスタン内務省への攻撃を指揮していた事実が浮かび上がった。07年にはパキスタンで自ら自爆攻撃を仕掛け、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の指導者、ウサマ・ビンラディン(Osama bin Laden)容疑者に称賛されている。

同容疑者の取り調べの詳細を記した03年の文書には、「(容疑者は)米国や米国の国益への脅威にはなりえない」とあるが、容疑者は取り調べで偽名を使うとともにうその証言をしていた。

デーリー・テレグラフは、グアンタナモに収容された容疑者779人のうち、少なくとも150人は、国籍がアフガニスタンまたはパキスタンの運転手、農業従事者、料理人など、テロ行為には一切関係のない人たちだったと報じている。


グアンタナモの情報暴露⇒ウィキリークス。
福島原発のずさんな危機管理も、誰かウィキリークスに告発しないか・・・。
posted by world at 00:14| 戦争・紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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